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広島高等裁判所 昭和46年(ネ)178号 判決

控訴人

高田郡衛生施設管理組合

右代表者組合管理者

佐々木末雄

控訴人

吉田町

右代表者町長

佐々木末雄

右両名代理人弁護士

浜本一夫

内堀正治

川本権祐

被控訴人

神川佐一

ほか一三一名

右代理人弁護士

原田香留夫

山田慶昭

恵木尚

主文

本件控訴を棄却する。

被控訴人らの当審における申請趣旨の変更により原判決を次のとおり変更する。

控訴人高田郡衛生施設管理組合は別紙図面(一)に表示した構築物からなるし尿処理場を、控訴人吉田町は、別紙図面(二)に表示した構築物からなるごみ処理場をそれぞれ原判決添付別紙第二目録記載の土地上に建設してはならない。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人らの申請を却下する。申請費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決四枚目裏三行に「強行しようとし」とあるのを「強行し」と、同二六枚目表九行に「儀市」とあるのを「義市」と、同裏一三行に「栗宗」とあるのを「栗原」と、同二八枚目表二行に「西木」とあるのを「西本」と、同六行に「栗宗」とあるのを「栗原」と、同二九枚目表五行に「博昭」とあるのを「博明」と、同八行に「寿昭」とあるのを「寿明」と、同一〇行に「北永」とあるのを「北長」とそれぞれ訂正し、次のとおり附加する外、原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  被控訴人らの主張

(一)  控訴人高田郡衛生施設管理組合が建設準備中のし尿処理場は別紙図面(一)に表示の構築物からなるものであり、また控訴人吉田町が建設準備中のごみ処理場は別紙図面(二)に表示した構築物からなるものである。

(二)  し尿処理施設及びごみ処理施設の設置に関する手続としては、設置者において工事着手前にそれぞれ旧清掃法(現廃棄物処理法八条一項及び同法施行規則三条)による県知事への届出を行ない、その内容が適正であるとして受理されることを要するのであるが、控訴人らはその手続をしていないから、本件各処理施設の建設は許されない。

(三)  控訴人らは、本件各処理場の予定地(以下本件予定地という)のすべてを所有していることを前提として本件各処理場の設置を計画しているが、右予定地のうち原判決添付別紙第二目録(一)記載の土地については所有権を取得していない。すなわち同土地は申請外徳山キヨコが昭和四四年六月一日申請外日本液化ガス株式会社に売渡し、ついで同会社から控訴人らが買受けたのであるが、徳山キヨコと同会社との間の売買については、当時同土地が、桃、梅、柿、ぶどう等の植栽されていた農地であつたにも拘らず農地法所定の県知事の許可を受けていないから、同会社は右土地の所有権を取得し得ず、したがつて控訴人らが所有権を取得するいわれはない。

(四)  本件各施設を維持管理するための用水量は、日量七〇〇ないし八〇〇トンであるが、本件予定地の周囲は私有地であつて、所有者において控訴人らに売渡す意図がないため江の川の水を用いることができず、また予定地内には地下水もないから、右各施設に必要不可欠な用水の確保が不可能或いは著しく困難である。このような状況の下に右各施設を建設し操業すれば水質汚濁、大気汚染が増大するであろうことは明らかである。

二  控訴人らの主張

(一)  被控訴人らの前記主張(一)の事実は認める。同(三)、(四)の事実は争う。

(二)  本件予定地の一部について、それが農地であるため控訴人らが所有権を取得し得ない旨の被控訴人らの主張は時機に遅れた攻撃方法であるから却下されるべきである。仮に右主張が許されるものとしても、他人間の土地売買について直接法律関係のない第三者がその売買の効力を争うことは許されないから右主張は排斥されるべきである。

三  証拠関係〈略〉

理由

一本件各施設と被控訴人らとの関係

控訴人組合が高田郡七ケ町の共同施設として別紙図面(一)に表示の構築物からなるし尿処理場(以下本件し尿処理施設という)を、控訴人吉田町が別紙図面(二)に表示の構築物からなるごみ処理場(以下本件ごみ処理施設という)をそれぞれ本件予定地に建設するため同予定地を買受けていること、被控訴人平原敏一、同宮本輝雄がいずれも本件予定地の隣接地の所有者であることは当事者間に争いがない。また〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、被控訴人宮本輝雄を除くその余の被控訴人らは、江の川沿いで本件予定地からほぼ二〇〇メートルないし2.5キロメートルの範囲内(五〇〇メートル以内二一名、一キロメートル以内で五一名、二キロメートル以内で九四名)に土地、建物等を所有し居住していることが疎明される。

二本件し尿処理施設の設置による影響

(一)  本件し尿処理施設の概要

〈証拠〉によると次の事実が疎明される。

(1)  本件し尿処理施設は、栗田工業株式会社が一日の処理し尿量を三〇キロリットルとして設計した、いわゆる消化処理方式といわれるもので、他の多くの施設において用いられており、次の行程で処理される構造になっている。

(イ) バキューム車等によつて収集されたし尿が投入槽に投入されるとし尿中の夾雑物を前処理装置によつて除去し、一旦容量三〇キロリットルの貯留槽に貯留し、貯留槽からは消化槽にポンプで圧送され、二個の消化槽(各槽の容量四八九立方メートル)において三〇日間空気を遮断した状態で三五度C前後に加温し嫌気性微生物の働きによりし尿中の有機物を分解除去する。

(ロ) 消化槽で分解されたし尿は汚泥と脱離液に分けられ前者は汚泥処理行程で脱水され、脱離液はばつ気槽で四八時間ばつ気し好気性菌、活性汚泥の働きによつて脱離液中の有機物を分解除去し、ばつ気槽を出た処理液は希釈槽で約二〇倍に希釈され、ついで凝集沈澱剤が加えられ最終沈澱槽(容量一三〇立方メートル)に入る。

(ハ) 最終沈澱槽では若干の時間滞留させた上、塩素滅菌して江の川に放流される。その放流水(以下単に放流水という)は、希釈水の添加で投入し尿量の二〇倍の量である。

(2)  し尿処理施設の設置に当つて公害防止上主として留意されるべき点は硫化水素、アンモニア等による悪臭と放流水の水質であるが、本件し尿処理施設においては、維持管理が良好で設計どおり性能を発揮した場合悪臭は施設中の一ケ所に吸収され水、苛性ソーダを用いての脱臭により化学的に検知できない程度に除去されて悪臭の大気中への放散は防止され、またBOD(生物化学的酸素要求量)については、通常のし尿のもつBOD八、〇〇〇ないし一三、〇〇〇PPmが消化槽段階で二、五〇〇PPm以下になり、ばつ気槽段階で一、一二五PPm以下になり放流水は三〇PPm以下になるものとされている。

(二)  公害防止規制と他の施設における実状

(1)  前掲疎乙第三〇号証、原審証人西田耕之助の証言及び自然科学上の経験則によると、し尿中には種々の物質が含まれているが、悪臭、水質汚濁を生じさせるものはし尿中の有機性物質であつて、悪臭はそれによつて人に日常生活上の不快感を与え、嘔吐、頭痛等を招来することがあり、また水の中の有機性物質の量を現わす指標としてのBODが高くなると水中の溶解酸素を高度に消費し魚介類に危害を及ぼし、ついには水中の生物を死滅させるに至るものとされていること、飲料水ではBOD値が一ないし二PPm以下であることを要するものとされていることが一応認められる。そこで廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下廃棄物処理法という)施行規則四条一項においては、し尿処理施設の維持管理基準として放流水のBODを日間平均値三〇PPm以下とすべきものとされている。

(2)  ところで本件施設においては計画どおり性能を発揮した場合、悪臭は除去され放流水のBODも三〇PPm以下になるものとされているが、設計段階における性能と稼動後における性能とは必らずしも一致するとは限らないから、本件施設の稼動後における性能を予測する上において既に稼動中の他の処理施設についての実状を知ることが必要である。

このような見地から他の処理施設の実状について検討するのに、〈証拠〉を総合すると、多くの他の施設においては施設設置に当り当局者から公害を発生させないとの説明がされていること、ところがし尿処理場からの放流水のみを入れた水槽に放つた鮎、鯉が死んだ事例、処理場の排水口附近の下流で水遊びして皮膚に湿しんのできる子が多く見られるようになつたり、排水口附近の川水を灌漑に用いて稲の実り具合が悪化した事例、処理場の排水口から一四、五メートルの間赤黒い放流水が見られたり、処理場の排水口から下流二〇〇メートルに及び汚泥が沈積し、川底の色が他と異なつてきている事例、停電時処理施設内部のし尿が処理行程の全部を経ないで川に放出された事例があつたこと、放流水のBODについても本件施設と同方式を用いている広島県下の施設で一二四PPmにまでなつた事例があり、また京都府下公営処理場で本件施設と同方式を用いる施設の放流水のBODを昭和四〇年から同四五年まで実測した結果では施設によつても異なるが最高値は六五六PPm、平均値は少ないもので四二、四PPm、多いもので一五八、〇PPmであり、その他広島県、京都府外の六施設の測定例でも放流水のBODが三〇PPm以下に維持されているものはなく、高い場合で約六〇ないし九〇PPmとなつていること一般にし尿処理施設の稼動後設計段階における計画処理性能が維持されていない事例が多いこと、その他施設の性能以外の問題として処理能力をこえるし尿が搬入されて施設内の空地に生投棄され悪臭、蠅の発生源となつている事例のあること、これらの事例のうち多くの場合は施設の処理能力が実際のし尿収集量に比較して過少であること、そのため計画処理能力をこえるし尿の投入をし、消化槽における所定滞留日数を短縮する等計画どおりの処理をしないことによつて施設の性能を悪化させていることによるものであることがそれぞれ疎明される。成立に争いない疎乙第三五号証の一、二のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。

(三)  本件し尿処理施設と予想される被害

他のし尿処理施設において悪臭を放散し放流水の水質を悪化させている事例があることからして本件し尿処理施設についても全く例外とはなり得ないであろうことは十分予想されるのであるが、ただ他の施設と本件施設とは設計製造者、製造時期、構造、計画処理能力、立地条件においてそのすべてが同一ではなく、また維持管理の面からいわゆる公害の発生を防止しうべき点もあるので、他の施設で附近住民に被害を与えている事例があるからといつて、直ちに本件施設が他の事例と同一の被害を与えるであろうと即断することはできない。

そこで本件し尿処理施設について、施設自体の面、立地条件からみて附近住民に被害を及ぼすおそれはないかどうかの点について検討する。

(1)  施設自体の適否とその影響

〈証拠〉を総合すると、本件し尿処理施設は昭和四九年における汲取対象人口を二五、〇〇〇人とみて設計されたものであること、し尿処理施設の性能悪化の原因の最大なものは計画をこえるし尿の投入で、その事態を避けるためには施設の規模が汲取対象人口に見合つたものであることを要すること、ところで高田郡七ケ町の人口は昭和四七年三月において約四七、〇〇〇人であるし、また処理対象地域の近郊農村化、工場誘致等により地域住民の生活様式や労働形態が変化すると、し尿の汲取人口は急激に増大するのが他地での例であるが、高田郡でも現在その兆しがみられ、本件予定地の約二キロメートル上流には面積約六万坪の工場団地が設けられて工場誘致がほぼ確定していることからして汲取入口は二五、〇〇〇人をこえるものと推測されること、仮に汲取人口を二五、〇〇〇人としても一人一日当りのし尿量が他地での実績で一、六リットルであつたことと、処理施設投入口、余剰汚泥等に使用される洗滌水の量を考慮すると三〇キロメートル以上の処理を要すること、本件施設のような消化処理方式の場合し尿を定常的に投入し各処理槽で計画所定の滞留時間を確保することが処理性能を維持する上において重要であるが、貯留槽にしても装置故障の場合の修理期間、休日、その他の事由によるし尿収集休止の後におけるし尿収集量の一時的増大を考慮すると一日の計画処理量相当の容量では余裕があるとはいえず、余裕のない点は他の処理槽においても同様で、いきおい過剰投入により消化槽、ばつ気槽、沈澱槽等の処理槽での計画所定滞留時間を確保できず、計画所定の性能を維持することが困難である場合が生ずるであろうことが疎明される。これらの点からして本件処理施設は、規模、構造の点において安全率が高いものとはいえず、その結果他施設における事例のように悪臭放散の原因となつたり、また過剰投入の招来により放流水のBODが日間平均値三〇PPmをこえることになる可能性も大きいものと推測される。これと異なる疎乙第三〇、第四六号証記載の意見は採用できない。

(2)  立地条件の適否とその影響

(イ) 〈証拠〉を総合すると、本件し尿処理施設においては希釈水として日量約六〇〇トンの水を要するものとして設計されている関係上、その量の希釈水が確保できなければ施設の設置は不可能であること、本件予定地は江の川沿いで川岸から二五ないし四〇メートル程度離れた位置にあり、川との間に被控訴人平原敏一、同宮本輝雄の所有地があるが、同被控訴人らは控訴人らに所有地を使用させるとか売渡すことを拒んでいること、本件予定地についてボーリング調査はされていないが、専門業者が地質、地勢、経験からして地下水の汲上げが期待できないと判定していることが疎明されるから、本件予定地にし尿処理施設を設置するにしても希釈水の確保には相当な困難を伴うであろうことがうかがわれ、設計所定量の用水が確保できないことによつて計画どおりの性能を発揮することができず、その結果予測外の悪影響を附近住民に与えるおそれがないとはいえない。

(ロ) 次に本件し尿処理施設に必要な量の希釈水が得られまた計画どおり放流水が江の川に排出されるものと前提して検討するのに、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件予定地附近における江の川の現在までの流量(昭和四二年の年平均毎秒一五、九立方メートル、渇水期毎秒四、六ないし五、五立方メートル)からすれば渇水期においても放流水が直ちに均等に拡散すれば約六五〇倍に希釈され江の川の水質汚濁は殆んど無視できる程度になること、昭和四八年度には江の川上流に多目的ダム(土師ダム)が完成の予定で、その際非かんがい期(九月から翌年四月まで)には原則としてダムから毎秒二、〇立方メートル以内の水が放流されるに過ぎないこと、もともと江の川は流れがさ程急ではなく蛇行もゆるやかであること、一般に処理施設から放流水が川の水全体と混合するまでには少くとも放流地点から五〇〇ないし七〇〇メートル、場合によつては一キロメートル程度を要すること、本件予定地の直下流の甲田町在住者で江の川沿いに居住する被控訴人らはすべて飲料水その他の生活用水を井戸水に依存しており、殊に川岸から五〇メートル以内に井戸をもつ者が被控訴人らのうち三三名あつてこれらの井戸については過去江の川が洪水を起こすと井戸水が川水と変らない程度に濁り、川の流量に応じて井戸水が増減し、護岸工事によつて枯渇したりセメントのあくに影響された井戸もあつたことが疎明される。しかしてこれらの事実からすると、本件施設の放流水のBODが計画通りにならないものと推測される状況の下で他施設における事例のように高い値を示した場合、土師ダム完成後においては本件処理施設からかなり下流地点までの江の川が汚染される可能性がないとはいえず、川岸に近い井戸は江の川の水と連絡しているものと推測されるところから、これら井戸の水を飲用、生活用水に供している被控訴人らは健康上、日常生活上悪影響を受ける蓋然性が大であるということができる。

三本件ごみ処理施設の設置による影響

(一)  本件ごみ処理施設の概要

〈証拠〉によると、次の事実が疎明される。

(1)  本件ごみ処理施設は、株式会社三平工作所が一日当りの処理能力五トンとして設計した、いわゆるバッチ燃焼方式のもので、ごみ運搬車から投入されたごみを一旦ごみ受け(貯蔵ホッパー、容積はごみ五トン分)に貯留し、そこから一定量のごみを鋼製コンベアで炉に運び乾燥させた上燃焼させ、これをさらに再燃焼室で強制燃焼し、排煙については沈降室及び洗煙室を経由させた上地上二五メートルの煙突から大気中に放散させる方式によつて処理し、補助燃料としては重油を用いる構造になつている。

(2)  ごみ焼却設備の設置により留意されるべき点は、悪臭、有毒ガス(亜硫酸ガス等のイオウ酸化物、塩化水素等)及びばいじんであるが、本件ごみ処理施設においては維持管理が良好で設計どおり性能を発揮した場合仮に一日八時間助燃のため重油を燃やしごみを燃却したとしても、アンモニア、メタン等のガスは分解されて排煙は無臭となり、亜硫酸ガスは煙突の出口において約二〇〇PPmであり、これが二五メートルの煙突から出て大気に希釈拡散され、地上に降りたときの着地濃度は約〇、〇〇一八PPmとなり、またばいじんは標準状態(〇度C、一気圧)に換算した排出ガス一立方メートルにつき〇、六グラム程度のものが煙突から排出されるに過ぎないものとされている。

(二)  公害防止規制と他の施設における実状

(1)  〈証拠〉によると、亜硫酸ガスは濃度が〇、〇一PPm程度であつても一年以上の長期にわたる曝露により草花、野菜に三六パーセント以上の被害を与えるといわれ、人体に対する影響についても濃度〇、〇七ないし〇、二五PPm程度、曝露期間二ないし四日間で心肺疾患の入院患者が増加した事例のあること、ばいじんについてはその量にもよるが呼吸器等に悪影響を与えること、濃度一立方メートル当り一〇〇ミクログラム(〇、一ミリグラム)以上で全死因死亡率の増加、慢性疾患の死亡率の増加といつた影響があるといわれ、人体に対する影響ではイオウ酸化物とばいじんとの相乗効果が大きいといわれていることが一応認められる。このようにイオウ酸化物、ばいじんの影響が大であることからイオウ酸化物については公害対策基本法九条一項により人の健康保護の観点から定められた環境基準として年間を通じて一時間値の年平均値が〇、〇五PPmをこえないことと定め(昭和四四年二月一二日閣議決定)、またばいじんについては廃棄物処理法施行規則四条三項によつて本件ごみ処理施設程度の規模の場合排出ガス中のばいじん量を標準状態に換算した排出ガス一立方メートルにつき〇、七グラム以下にすべきものとされている。

(2)  ところで、本件施設においては設計どおり稼動した場合悪臭は発生せず、排ガス中のイオウ酸化物、ばいじんの量は右(1)記載の規制値以下になるものとされているが、設計段階における性能と稼動後における性能とは必らずしも一致するものではないから、本件施設についても稼動後における性能を予測する上において既に稼動中の他の処理施設についての実状を知ることが必要である。

このような見地から他の処理施設の実状について検討するのに、〈証拠〉を総合すると、多くの施設について施設設置者から悪臭、排ガスで地元民に迷惑をかけることはない旨言明されていたこと、ところが例えば広島市南吉島一丁目所在のごみ焼却処理場についてみると、ばいじんが約二キロメートル四方にまで及び周辺民家では屋外の洗濯物が黒くなる程の現象がみられ、健康調査においても処理場から約六〇〇メートルの範囲内の住民と相当離れた地域の住民とを比較すると、成人については咳、痰、中等度以上の息切れ、鼻カタル症状を訴える者が前者において後者よりはるかに多く、小児については前者においてぜん息、ぜん息様気管支炎の受診率が後者より高く、この現象は医学的にみてごみ処理場の煙突からの降下ばいじん等が明らかに影響している結果とされていること、他のごみ焼却施設についても焼却炉の点火から炉温の上るまでの三時間程度煙突から大量の黒煙が排出されて悪臭が漂い施設から二ないし四キロメートルの範囲に居住する住民が不快な悪臭に悩まされている事例、曇天の日とか風向きにより臭気、臭煙のため施設から約二キロメートルの範囲に住む住民で頭痛、咽喉の変調を訴える者が出ている事例、施設から約一キロメートル以内の住民が耐え難い程の悪臭に悩まされている事例、煙突から排出される粉じんのため住家の戸障子が開けられず洗濯物を屋外に干すことができなくなつた事例があつたこと、その他施設の性能以外の問題ではあるが、施設の処理能力をこえるごみの搬入により末処理のごみが施設内の空地或いは附近に野積みされ悪臭、蠅の発生原因になつている事例もあること、これらの事例のうち多くはごみの過剰搬入とか、ごみが一定量ずつ炉内に搬入されないため炉内温度が一定せず低温燃焼させることになつたり、ごみ中のプラスチックの燃焼により炉温が異常に高くなり短期間に処理施設が損傷した結果によるものであることがそれぞれ疎明される。前掲疎乙第五号証の二のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  本件ごみ処理施設と予想される被害

他のごみ処理施設において附近住民に被害を与えている事例が少なからずあることからして本件ごみ処理施設も全くの例外とはなり得ないであろうことは十分予測されるのであるが、ただ他の施設と本件施設とは設計製造者、製造時期、規模、構造、立地条件においてそのすべてが同一ではなく、また維持管理の面からいわゆる公害の発生を防止しうべき点もあるので、他の施設で附近住民に被害を与えている事例があるからといつて当然に本件施設が他の事例にみられると同一の被害を与えるものと即断することはできない。

そこで本件ごみ処理施設について、施設自体の面、立地条件からみて附近住民に被害を与えるおそれはないかどうかの点について検討する。

(1)  施設自体の適否とその影響

〈証拠〉によると、本件ごみ処理施設は対象人口を四、〇〇〇人として計画設計されたものであること、昭和四七年三月当時吉田町の人口は約一万人、そのうちごみ収集対象人口は約四、〇〇〇人であること、本件施設程度の小規模のごみ焼却施設の場合当初の設計計画を下まわる能力しか発揮できず、その際亜硫酸ガス或いはばいじんが当初の予想を上まわつて排出される事例が少なくないこと、現在のような大量生産、大量消費時代にあつては私的消費生活の変化によりごみは多種多様化し、ごみの量も増え、ごみ容器に入らない家具、テレビ等の粗大ごみまでも増えており、一人一日当りのごみ排出量は昭和三五年に五一四グラムであつたものが昭和四一年には七二二グラムとなり昭和五〇年には約一キログラムと予測されていること、東京都における実績でも都民一人当りのごみ量は昭和四一年に比し昭和四五年では一、五倍になつていることが疎明され、これらの事実と吉田町においては工場誘致等により人口増の兆しがみられることを併せ考えると、東京都のような大都会と同断ではないにしても一人一日当りのごみ量の増加傾向、近く推測される人口増からごみ受けの容量が計画処理量の一日分程度では収集ごみのうちごみ受け内に収納しきれない場合がかなり頻繁に起こり、時にはかなりの量のごみを野積みせざるを得ない事態も十分考えられ、このような事態になつては他のごみ処理場の事例にみられるように悪臭、蠅の発生原因になる可能性も大きいということができる。これと異なる乙第四六号証記載の意見は採用しない。

(2)  立地条件の適否とその影響

〈証拠〉を総合すると、本件予定地附近は南側に約四二〇メートル、北側に約五二〇メートル、西側に約四四〇メートルの山がそびえる、長を約二、五キロメートルの断面凹字型の底部に当り底部部分の幅は約七〇〇メートルないし一キロメートル程度で、年間霧の発生日数が相当に多いこと、このような地形の場合平野部に比して風が弱く風向は谷間沿いの方向の頻度が圧倒的に多く高層の大気の風の影響を受け難いので有害物質が蓄積する可能性が大で、特に濃霧が発生するような場合亜而酸ガス或いはばいじんが霧と共に凝縮停滞し有害物質の濃度は飛躍的に高まること、また本件予定地附近のような地形では、いわゆる地形性逆転層(晴天で風の弱い夜間には放射冷却によつて山肌が冷え込むので山に接した空気が冷却され、その空気が山肌沿いに降下して低地に溜まると逆転層を形成する。)を生じやすく、それも長続きするのが通常で、その場合大気中に放出された物質が上方に拡散されず、層内に蓄積されることになること、さらに地形的にみていわゆるいぶし型現象(フミゲーション)を起こすことも予想されるが、その現象が数時間続くと有害物質の濃度は急激に高まること、本件処理施設のような農村地帯のごみは水分が多いため補助燃料としての重油を多量に使用する必要のあること、本件ごみ処理施設において最大量のごみ(一時間当り六二五キログラム)、重油(一時間当り三〇リットル)を同時に燃焼させた場合本件施設が計画所定の性能を発揮するとして、イオウ酸化物の煙突排出口における濃度は一七〇PPm、ばいじんの排出量は毎秒〇、六二七グラム程度とみられること、そこでこれらの数値を基礎とし風秒毎秒〇、二メートル、逆転層の高さ五〇メートルと仮定した場合いぶし型現象を生じた際の風下における濃度は、風下距離二〇〇メートルにおいてイオウ酸化物〇、一八二PPm、ばいじん〇、七五一mg/m2、風下距離三〇〇メートルにおいてイオウ酸化物〇、一二六PPm、ばいじん〇、五二一mg/m2となるものとみられていることがそれぞれ疎明される、疎乙第三〇号証中これに反する部分は採用しない。

ところでごみ焼却施設のように排ガス中に有害物資が含まれている場合、たとえ設計所定の性能を発揮するとしても外的条件の不良の場合においてなおかつ安全が保たれることを要するものというべきであるが、右認定事実及び前記(二)の認定事実からすると、本件ごみ処理施設が計画どおりの性能を発揮したとしても本件予定地附近の地形から予想される気象条件の如何によつては附近住民の健康に障害を与えるであろうことがうかがえるし、まして多くの事例からみて本件ごみ処理施設も稼動後は必らずしも設計段階における性能どおり稼動しないであろうと推測されることを考えると本件予定地に本件ごみ処理施設を設置し操業するならば附近住民に健康上日常生活上悪影響を与える蓋然性が高いものということができる。

四控訴人ら側の事情

本件各施設は控訴人らが、地域住民のし尿、ごみについて衛生的処理をはかるため建設を計画したもので公共性をもつものであるから、右各施設設置の差止請求が許されるためには被控訴人らの受ける被害の種類、程度と差止の結果控訴人らの受ける直接損害及び社会経済的損失を比較較量して後者が前者を無視できる場合でないことを要するものというべきであるから、そうした見地から差止によつて控訴人らが受ける直接損害及び社会経済的損失の有無について検討することとする。

(一)  〈証拠〉によると、吉田町においては昭和三六年頃までし尿を肥料に用いるため農家によるし尿の収集が行なわれていたが、その後は化学肥料の普及によりそれが行なわれず、最近では汚物取扱業者によりし尿が収集され、収集されたし尿の一部は高田郡外の処理施設に処理委託している外は殆んど他部の牧草地に生投棄して処理していること、しかし牧草地への生投棄は量的、時期的な制約を受けるため、それができない場合業者が地主の承諾を得てその所有地に生投棄するとか山添或いは河川敷に不法投棄している実状にあること、ごみについては以前存していた一日処理量1.5トンの焼却炉が老朽化し、かつその設置場所が学校の敷地となつたため昭和四五年三月に撤去された後は、他から借受けた山林或いは町有地に穴を堀り町委託業者が収集したごみをそのままこれに埋めて処理する方法を繰返していたが、場所確保の困難、地元民の反対等によりいつまでもその方法による処理をはかることは困難な実情にあることが一応認められる。

(二)  前掲各証拠及び当審証人〈略〉の各証言を総合すると、控訴人吉田町においては昭和三九年頃からし尿、ごみの衛生的処理をはかるための処理施設を建設する計画をもち、そのうちし尿処理施設については建設経費、維持管理の面から郡内他町と共同の施設を設けることになつたこと、し尿処理施設については控訴人組合が昭和四一年その設置を決定し、当初甲田町内の江の川廃川敷に建設を計画し起工式まで行なつたが、地元民の反対により中止したこと、そこで吉田町内に建設されることが予定され、控訴人組合の代表者でもある吉田町長が町のごみ処理施設と併設するべく計画し、昭和四四年一〇月本件予定地に設置することを町議会に明らかにしたものであること、控訴人吉田町としては水資源が豊富で郡内いずれの場所からみても交通の便がよく、できるだけ密集家屋から離れていてまとまつた土地が確保できるという見地から本件予定地を選定したものであること、控訴人組合は昭和四五年三月組合会議により共同し尿処理施設予算八、五〇〇万円を可決し、控訴人吉田町も昭和四四年一〇月ごみ処理場建設予算約一、〇〇〇万円を町議会において可決し、それぞれ用地買収等に一部執行ずみであることが疎明される。

(三)  以上の事実からすると、本件各施設の設置が差止められることによつて控訴人らの受ける直接損害は経済的損失にとどまりそれも未だ建設工事に着手していない現段階ではさ程高額なものではないと推知されるが、現在のし尿、ごみの処理状況からして、もし本件各処理施設の建設を差止められるとすれば、差止によつて受ける社会経済的損失は当面少なからざるものがあるといわなければならない。

五本件差止請求の許否

(一)  一般に公害発生原因によつて被害を受ける者が単に感情的な不快感或いは日常生活上受忍すべき程度の被害を受けるに過ぎない場合、差止請求を許すべきでないことは当然であるが、多数の被害者が健康にも影響を及ぼす程度の被害を受け居住地、住居を生活活動の場として利用することが困難となる蓋然性が高い場合には、その被害は金銭的補償によつて回復し得る性質のものではないから、たとえ公害発生原因となる施設が公共性の高いものであつても、他に特別の事情のない限り受忍の限度をこえるものとして差止請求が許されるものというべきである。

(二)  ところで本件においては、施設設置に伴い必要とされる希釈水等の用水が確保できない場合は論外として、用水が確保できると仮定した場合、施設の処理能力の増大、処理装置の改善、上水道施設の設置、水質検査、煙害検知等の公害監視体制の整備これに即応する施設の維持管理により附近住民が受けるであろう被害を軽減させることが期待できるが、これらの点について具体的計画のあることがうかがえない現段階において、もし控訴人らの計画どおりの施設が本件予定地に設置され稼動した暁には他の施設におけるような影響、殊に本件の場合飲料水その他生活用水の汚濁及び大気汚染を招来することにより多数の附近住民に健康上、日常生活上悪影響を与える蓋然性が高く、そのことはこれまでの説示によつて明らかであり、これらの影響が単なる杞憂であると認めるだけの確証はない。しかも本件各施設の設置により附近住民に与えるであろう悪影響は施設の性質からいつて一過性のものではなく、施設のある限り永年維持されるものであつて、しかも施設の老化によつて与える被害も高くなることが予測される。

他方本件各施設はもともと公共性の大きいもので、控訴人らが早急にこれらの施設を設置する必要に迫られていることは十分に理解できるし、控訴人らが本件予定地を選定するに至つた経過、事情もそれはそれなりに首肯できないわけではない。

しかし本件各施設の設置により多数の附近住民に健康上悪影響を与える蓋然性が高く、その結果所有地、所有家屋を生活活動の場として利用できなくなる可能性が大である以上、施設の設置を差止められることもまたやむを得ないものというべく、換言すれば少くとも健康上悪影響を受ける可能性の高い附近住民は、本件各施設設置の差止を求めることができるものというべきである。ちなみに、本件において、控訴人ら側が前記のような事態に追込まれたことは一面控訴人ら側の行政の不手際が集積した結果とも見られるが、そのしわよせを附近住民である被控訴人らがその負担において甘受しなければならないような事情は見あたらないし、また、被控訴人らの主張する代替地の適否は別として、入手しうる他の代替適地またはより高度な能力を有する設備が皆無であることの疎明があるともいえず、その他右差止請求権を否定すべき特別の事情を肯認することはできない。

そこで、控訴人らに対しては、し尿、ごみ処理施設を既定方針どおり本件予定地に設置しようとすれば附近住民の健康に悪影響を及ぼすおそれのない設備に変更するか、或いは計画どおりの施設を設置しようとすれば住民の健康に支障を来たすおそれのない場所に設置場所を変更することを期待する外にない。

(三)  さて被控訴人ら各個が本件各施設のうちいずれの施設によつてどの程度の影響を受ける可能性があるかの点はこれを明らかにすることができないが、被控訴人平原敏一、同宮本輝雄は隣接地の所有者、右宮本を除くその余の被控訴人らは本件予定地からほぼ二、五キロメートル以内に土地、建物等を所有し居住しているのであるから、程度の差はあるにしても本件各施設の設置により健康上、日常生活上の悪影響を受け、所有地、所有家屋を生活活動の場として利用できなくなる蓋然性があるものといえるし、本件各施設の設置計画が実施されようとしている以上その差止を求める必要があるから、被控訴人らの本件申請は理由があるものとして認容すべきものである。

六結論

以上の説示からすると、他の点の判断に及ぶまでもなく、被控訴人らの本件申請は正当として認容すべきものであるから、本件控訴は理由がないものとしてこれを棄却し、被控訴人らの当審における申請趣旨の変更より原判決を本判決三項のとおり変更し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条により主文のとおり判決する。

(胡田勲 森川憲明 藤本清)

別紙 図面(一)、(二)〈省略〉

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